yuupytanの日々是好日〜絵と詩とお茶と、至福の時間

何気ない日常のなかに、ハッとするような発見があること。癒しや気付きをくれる日々に感謝して、感じたままを綴ります。

私が絵を描きだしたエピソード〜コロナ時代とともに〜

コロナの影響で、
一時期、
外出する頻度が少なくなりました。


人と会う機会が減りました。
物を買う機会が減りました。
外食しなくなりました。
学校は休校になりました。
習い事も休会になりました。


要するに、
時間がやたらと増えました…?

いや、時間は増えないか…。

家にいる時間、
自由な時間、
が増えたといったらいいのかな。



今まで、
これが日常、と思ってたことが、
ものすごい力で、
ものすごく日常ではないものへ、
引き上げられた、
というのか、

そのありふれた日常が、
いかに尊いものだったか、
を、
思わずにはいられなかった、というか…。




断捨離!、
運を上げるには断捨離!!
って、
よく言うけれど、
なかなか未練があって、
今あるものや関係は断ち切れないもの。

もしかしたら使うかも…?
もしかしたら必要かも…?

もしかしたら…?
は、
ないから大丈夫!って、
半ば無理やり、
自分にとって、
必要なもの、不要なもの、
の判断を迫られたような気がする。


最近は、不正も、犯罪も、隠し事も、
わりとすんなりと暴かれていってますよね。
良くも悪くも、
そんな時代に入りましたか…。




でも、コロナ後の世界は、
ちょっと、
レベルアップすると思いませんか。。。

みんながピュアに、
持ってる才能が、
認められる時代になると思いませんか…?


ハンマーは振り落とされたけれど、
その波紋が、また戻ってくるときは、
綺麗に澄んだ世界に、
少しでも変わっているといいなと思います。




私は、
有り余る時間の海のなかで、
溺れそうになりながらも、
手探りで、
何ができるか、を1人思いました。
きっと皆さんもそうでしたよね。


今までの人生の出来事に、
どういう意味があったのだろう。

と思いを馳せるとき、

目をそらさずに、
きちんと見なければ、
本当のところはわからない、
と思うのですよね…。


自分がきちんと見てるかどうか、
を測るものさしは、
自分のなかにあるのだがしかし…、
きちんと働いてくれるとは限らず…。

見たくないものは見ない、だろうし。




時間の洪水のなかで、
情報の断捨離から始めた私。
まずは、スマホ内の写真の断捨離。
もっとも取りかかりやすい。
断捨離のとっかかり、と、
自分を満足させるには最適な作業。


写真を見ている時、
ふと、
絵を、
描きたくなったんですよね。。。


図工、美術といった教科の評価は、
決して高くなかった私が、
恐らく、距離をおいていた、
絵画。


取り組んでみてわかることですが、
絵を描くって、
すごく自分のなかを旅する作業なんですよね。


そして、気づきを得る、
もっとも手っ取り早くて、
慈悲深い、
お釈迦様のような悟りを、導いてくれる活動。


この気付きを得るまで、
そんなにはかかりませんでした。
ただ、
ならうのではなく、なれろ、
の精神です。


教えてもらうのではなく、
自分のなかの「師」に、
教わり、軌道修正する。


遠回り、と思えることが、
実は、
本質にたどり着く最短距離なことがあったりします。


絵や詩、を、
ならってはいけない、というのでは、
ないけれど、
型を習得した時点で、オリジナリティを否定す
る力が働くので、

それに気づいていくことが、
これからの時代を生き抜くヒントになると
私は思っています。



私のように、この自粛中に、
絵を描きはじめた方もいらっしゃると思います。

習い事に通うこともままならない、
オンラインでの指導にもまだ躊躇する、
そんな時は、

我流を良し、
楽しければ良し、

と信じて続けていたのではないでしょうか。

その土台が、あればこそ、
芸術は生きてくると、
私は固く信じています。


今日の自分へのご褒美。
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